ロックンロールと将棋

ふとストレイキャッツが聴きたくなる。youtubeって最高。久しぶりのブライアンセッツァーはやっぱりかっこよかった。スリーピースバンドでは一番。ほんと楽しそうで聞いてるこっちまで楽しくなってくる。

ロックンロールと将棋ってよく似ている。
例えば、チャックベリーのあの有名なリフと加藤一二三棒銀
「おれはこれしかやんねえよ」「これが一番かっこいいだろ?」っていう溢れ出る自信。
いくつになっても、何が起こっても崩れない信頼と実績のスタイル。濡れてまうやろ。

将棋には定跡がある。定跡とはある程度まではこう指しておけば不利にならずに駒組みができるという長年積み上げてきた道筋のことだ。そこから先は未知の世界が広がる。それは古くは江戸時代から伝わってきたもので、時と共に最善なものに更新されていくと考えるのが普通だ。藤井システムのように。しかし、一手損角換わりや升田式石田流のように不利になると結論付けられた過去の定跡が輝きを取り戻したりもする。江戸時代の棋士、天野宗歩の指した矢倉の形が藤井矢倉という形で復活することもある。そして現在の棋士は定跡をたよりにしつつも、新手という形でそれを覆そうと、日々神経をすり減らしている。

ロックンロールの名曲というのは、間違いなくカバーされる。カバーされてこそ名曲なのだ。それは、過去を懐かしむというものではなく、既に完成されたものへのリスペクトという形をとる。そのまばゆい輝きは、時を超えて何度でも蘇る。名曲の息吹を体いっぱいに取り込んだ上で、新しいものを創造する。そうして創られた名曲が、またカバーされていく。

そこにはパクりとか盗作とか野暮な話はなく、その道を突き進む混じりっ気なしの情熱しか存在しない。それが確実に人の心を撃ち抜くのは、形の有無にかかわらずそれを感じ取ることができるからだ。私たちは、そこまで鈍感ではない。

もし、伝統というのがこういうことなのだとしたら、それは伝えていかなければならないものなのだろう。そして、私が思うまでもなく、たくさんの人々のそうした行動があってこそ、こうしてyoutubeで音楽を楽しんだり、過去の棋譜を調べることができるのだろう。





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